コーヒの飲み方には人それぞれ好みがあります。
砂糖やミルクをふんだんに使う人もいれば、何も入れない人もいるわけです。
しかし、そのブラックコーヒーを飲む背景にはどのような気持ちがあるのでしょう。
単純にブラックが好きと言う人もあれば、実は別な事情もありそうです。
ブラックコーヒー以外は飲まないと決めている
非常に潔い飲み方です。
余計なものは一切なく、純粋なコーヒーの魅力を感じることが出来るでしょう。
そして中には、どうな配合かもわからないブレンドは飲まないなどとさらなるこだわりを持つ方もいることでしょう。
砂糖を入れたい時
時に、甘みのあるコーヒーを口にしたくなることはないでしょうか。
ですが、そんな時でも、ブラックコーヒー以外は飲まないとする人もいるわけです。
これは一体どういうことなのでしょう。
素直に砂糖を入れたら良いようなものですが・・・
鎧のような仮面のようなキャラクター
これはあくまで個人的な話で、ブラックコーヒ―しか飲まない方を否定するものではありません。
本当は甘い飲み物を欲しているのに、飲まない時、私の場合それはちょっと大人ぶってみたかった時です。
(大学生でもコーヒーは苦くて飲めないという人もあるようです)
よく、デートの際にはハンバーグが好きでも、敢えてパスタなどを注文するように!(ハンバーグは子供っぽいと見なされる傾向があるそうです。)
と念押しされることがあるように、ブラックを飲んでしまうというわけです。
誰かを意識してそうするばかりではありません。
独りでもブラックにするわけは、風景に染まってみたいような心境だと思います。
秋風に吹かれてたそがれるようなとき、クリームソーダ―をストローで飲んでいては風情がありません。祭りに浴衣のように、秋の黄昏には、ブラックコーヒーが似合うということです。紅茶でも良いのでしょう。
仮面のような鎧のような、時に窮屈になる構え方でしょうか。
たまには、たっぷり砂糖を入れる日があって良いようなものです。
しかし、簡単にキャラを崩すのは避けたい
こんな話をすると、同僚や友人は、砂糖やミルクの入ったコーヒーを飲ませたいという欲望に駆られるかもしれません。これはありがちな話です。
「私はブラックしか飲みません、と言っているのにです。」
食わず嫌いを想像したのか、それとも新しい世界を見せようとするお節介なのか、単なる嫌がらせなのか、その意図の真意はわかりません。
ここで大事な事は、不用意に自分のキャラクターやスタイルに関わることを崩すのは避けることです。
新たな境地に至るタイミングで無理やり飲まされることは無きにしも非ずですが、多くの場合自分のペースを乱されて笑いものにされるのが落ちだと思っています。
かたいキャラクターには「渋い人」という言葉も用意されています。