精神的にリラックスする方法

たそがれる リラクゼーション

「リラックス」とは、「どこ」がするものなのか、これを厳密に意識している人は少ないものです。

我々が「リラックスした~」と言う時、それは、何をもってそう言っているのでしょう。

精神的にリラックスするには、体の緊張を弛める

(※ある観点からするとというお話になります。)

心身一元論なる考え方がありますが、一つには体の緊張が弛むと「リラックス」に繋がることがあります。

「気持をちをリラックスして!」という言葉は日常でよく聞くものですが、その実態はよくわかりません。

そもそも、「リラックス」がどのような状態を指すのかも日常用語レベルでは定義がありません。

深呼吸

「リラックスして!」に続いてよく登場する言葉は、「深呼吸して!」ではないでしょうか。

この場合、深呼吸は気持ちをリラックスするために行われているわけですが、深呼吸とは体の緊張をやわらげる作用がある訳ですから、いつの間にか、体のことに自然と置き換えられているのです。

しかし、とにかく深呼吸すれば誰しもがいつでもリラックスできるわけではありません。

「体と心」どっちが先?

「いや、体には何もしていないけれど、確かにリラックスしていた!」と主張する方はいることでしょう。

例えば、音楽を聴いていたら、ついうとうと眠ってしまう事があるように、これは確かにリラックスしていそうです。

心地の良い音楽を聴いているとリラックス度は深まるはずです。

他にも、誰かのホッとするような話を聞いた時、何か肩の荷が落ちたように力みが消えることがあります。この場合、気持ちが弛んだから体も弛んだという順番のように見えます。

綺麗な花を見た時、その匂いに触れた時などななど・・・リラックスしたと思われる場面をもっとたくさん挙げることも可能でしょう。

これらの際の、「体の感じ」はいかがなものだったのか、これは聞いてみない事にはわかりません。もしかすると、この場合にも体の感じに変化が起きているのかもしれません。

「心」と「体」どっちが先なのか?などと疑問は深まります。体はわかるけど、心はどこに存在するの?そもそも、心身一元論ではないのか?などと疑問の嵐が起きそうです。

難しい事を考え出したらリラックスはできない

これはもはや、「色即是空」・「空即是色」のような世界の話になってしまいます。

または、心理学ではジェームズ・ランゲ説やキャノン・バード仮説とつながるテーマです。

納得してからでないと、リラックスできないという方もあるかもしれませんが、何も手掛かりがない時に分かり易いのは、体から入るリラックスの方でしょうか。(実体を触って存在の確認がつくので)

臨床心理学的な方法では、体にアプローチすることがありますが、なぜ心理支援が体なのか?という疑問に対する一つの回答にもなるかと思います。

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